諸行無常のひゞきあり

受験で身につけた勉強って、大人になったら必要ないと思う
本当に必要なら受験が終わった大人もこぞって参考書を買いあさると思うの

おわり





「受験の時に頑張ってたから、その頑張りが評価されるのだ」とかいう人もいるけど、俺はそうは思わない
だって人間の本質って変わるもの

昔不良だったけど更生したって人もいるし
昔は頑張り屋さんだったのに、今はうつ病で寝た切りだって人もいる


「昔はこうだった」じゃなくて、「今どうなのか?」で物事を語ればいいのに




就活の面接では「学生時代は~でした」って話すけど、あれは意味がない
それよりも「今どのように就職活動を頑張っているのか?何社応募してどのくらいの労力を割いたのか?」を確認する方が現実的だと思う

もっとも、「受ければ受けるほどいい」とは俺は思わないけど
でも頑張りを重視するのであれば応募した企業の数やどれだけ遠くの会場に足を運んだかを調べる方がよほど基準になる


1年前の自分と今の自分ですらかなり違う人間だというのに






「自分は怠けものだからもっと頑張らないと」って強迫観念を抱いてる人もいると思う

でも、それでいいじゃん
怠けものでいいじゃん



怠けものは自分のしたいことをしてるだけ
怠けたいから怠ける、それだけ



仕事とかでバリバリ頑張ってる人は仕事をしたいからしてるだけ
怠けたら「このままじゃダメだ」と罪悪感を感じて働きたくなるから働いてるだけ



本質はまったく同じもの
心から怠けを望むなら怠ければいいし、仕事を望むなら働けばいい

その状態は怠けてる人が仕事をしてる人、仕事をしてる人が怠けてる人を非難するよりも何倍も尊い
人間、他人を気にせずしたいことをしたもん勝ちなのよ








今しがた、Windowsディフェンダーが定義の更新をしたわけだが
その時ふとコンピュータウィルスの定義について頭がよぎった


俺にとってコンピュータウィルスとは「パソコン所有者の意図しない形でパソコン内にダウンロードされ、意図しない形でパソコンの挙動を起こすもの」だと思ってる


だから何かソフトをインストールした時に勝手に某アンチウィルスソフトが入ってたら、俺にとってそれはコンピュータウィルスである(笑)





人によって「そのコンピュータウィルスの定義は違う!もっと厳密に定義するべきだ!」と指摘する人もいるだろう
でも議論の場では、こういう乱暴な定義で話を進めることも多々あるのだよ


定義を厳密にしようとしたら、そこで議論は止まってしまう
そもそも議論にすらならない



本質を言葉に言い表すことは不可能なのだ
これは本質はそもそも存在しないということであり、存在するということでもある



CataClysm:DDAで「自転車とはなにか?(哲学)」という書き込みをみることがあるけど、それはこの事実を如実に語っている
自転車はたしかに存在するけど、実は存在しないのだ


プラトンのイデアに近いかも
イデアは存在しないけどやっぱ存在するのだよ、うん

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