またそれる興味

さっきまでやってたゲームに影響された
聖書を読みたい(迫真)





このブログでも何度か書いたことがあるが、俺は大学時代に伝道者を家に上げてキリスト教の説教を受けたことがある

…どこのキリスト教かって?
人の家のチャイムを鳴らしてキリスト教の布教をするところと言ったら、一つしかないじゃないですか(にっこり)



宗教否定派の人たちが「お前らが間違ってることを証明してやる!」と始めは威勢がいいものの、最終的に入信するパターンがよくある
これは宗教に関して無知で、頭ごなしに否定しているから

そういう態度はぶっちゃけ危険
深淵を覗く時、深淵もまた貴方を覗くのだ



俺は事前にいろいろな宗教に関する知識があったし、「伝道者の修行のお手伝いになれたら幸いだ」程度の認識でしかなかった
伝道者の役割は入信者を増やすことも当然あるが、人に教えを伝えることで考えを深めることも大事なのよ

俺はあえて彼らが指すようなサタンの役割を演じた
イエスに向かって様々な誘惑をした、サタンのように



だから結構いろいろ言った
「全知全能?だったら絶対折れない棒を作って、それを折ったりできるの?」とか「エズラ書第二章でバビロンからエルサレムへ帰還した人数を数えてるけど、計算間違ってね?全知全能の神が書かせた書物なのに、その神って足し算も満足にできないの?」とか
まあいろいろと


でもまあ彼らは「勉強不足でした。調べて、後日説明します」と答え、次に会ったときに俺が質問したものの答えを持ってきてた
内容が丸コピ感半端なかったけど





基本的ににこやかで、どんな質問にも快く答えていた彼ら
でも一つだけ、血相を変えて声を荒げた質問があった


それが「サタンは人間より賢く、サタンに騙された人間は必ず騙されてしまうんですよね。そしてあなた達は今の信仰を神の物だと確信している。しかしこれは同時に『貴方たちの神はサタンが騙ったものである』って可能性も否定できないわけですよ。貴方たちの教えがサタンの物でなく、確実に神の物であると証明してください」

まあ証明できるわけないよな
あと神聖な神を、サタンと同列扱いすることにも心外だったことだろう
これにはさすがに「私たちはこれが神の教えであると確信しているから、サタンの教えではないのです!」って言われた


俺はそれは別に否定しない
俺だって、いや、すべての人間はただ単に「信じたいものを信じてる」だけ

キリスト教だろうと、俺のような変わり者の思想だろうと、それは同じよ
人間、信じたいものを信じればいい

むしろ、そこまで確信できる信仰が持てるだけうらやましいってもんよ




何度か「義なる人は復活の日の後、悲しみも苦しみのない永遠の命を与えられるのです」って言われた
でも俺の答えはいつも同じ

「貴方たちの神がサタンではないという確信が持てない以上、そんな存在がトップの王国に生きようなんて思いません。それに俺は悲しみも苦しみもない、永遠の命が欲しいとも思いません」



当時の俺は既に「神の王国があるとすれば、それは人の心のなかであって、実在する国家とか世界とか、そんなもんじゃないよな」と考えていた
そして最近知ったんだが、イエスも「神の国はいつ来るのか?」と聞かれ、「神の国は実にあなたがたのただ中にあるのだ」と答えたとルカによる福音書に記されているとのこと

さすが俺だね(にやり)






悲しみも苦しみも、その根源は人の心の作用に因る
悲しいと思うから悲しくて、苦しいと思うから苦しいのだ

仏教ではそれを五蘊の一つとして説明している
それらはただのまやかしに過ぎない


ただしこれは「精神論」の話ではない
「苦しいと思うから苦しいんだ!甘えるな!」なんて話ではない

人の好き嫌いはどうしようもない
好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌い



それは人の意識ではどうしようもないもの
それと同じで苦しいもんは苦しいものだし、悲しいものは悲しいもの



「じゃあどうすれば苦しい想いも、悲しい想いもしないで済むの?」って考える人がいるかもしれない
そんなもの、考えるだけ無駄よ(断言)




前、人生を時計に、カルマを振り子に例えたことがあった
悲しみもそれと同じ

悲しみという方向に大きく振れるから、喜びという対極にも大きく振れるのよ




「大金持ちの家に生まれたら楽だったのになー」なんて考える人がいるかもしれないが、そういう人たちはスタートが既に「金持ち」って地点だからお金があって当たり前
お金のありがたみってのが分からないのよ


「それでもお金の心配をしなくて済むだけうらやましい」と思うかもしれないが、そんなこともない
人間は常に思い悩むようにできている

お金の心配がないなら、今度はお金じゃどうしようもない心配が湧いてくるのよ
それこそ不治の病や死後のことをね


だからこそ善行を積んでそういう不安をごまかそうと、積極的に寄付を行う金持ちもいるわけだ


むしろお金の心配をしてる人は幸いよ
お金以外の心配をしないで済むし、お金が入ったら嬉しく感じるからね






俺は自称悟った人間だから、そんな心配も不安もない
死後のことすらも

アカシックレコードが見れるわけじゃないから全ての真理を把握したわけではないけれど、この世界に関して疑問に感じることも無くなった
そしてその疑問は気づくことでしか解消せず、知識ではどうしようもない
いくら勉強しても埋めることはできない



古代の人は考えただろう、「空の上には何があるのだろう?」と
そして現代は科学が発達し、人は「空の上には宇宙がある」と知っている

だけど、それは「宇宙の果てには何があるのだろう?」と新しい疑問が生まれる
新しい知識は新しい謎を生み出すものよ
そこに際限はない




貴方が真実と思うことは真実であるし、誤りであると考えることは誤り
俺にとっては全ての人間の全ての考えが真実であり、また誤りである

正確に言えば、究極的な意味でこの世界に正誤など存在しない
でも世界に正誤がある方が面白いし、人生にも幅が出る




人が何かを感じること自体が既にカルマであり、そしてそれが人生に彩りを与える

悲しみや苦しみも、喜びや幸福と同等であり貴い存在
そこに善も悪もない
だからこそこの世界の全て、即ち「神」は愛だと聖書で説かれているのだ





深夜だからまた訳分からん記事になった
この記事は反証可能性がない非科学的なお話

ただの変人の与太話、夢物語よ





まあそんなこんなで聖書が読みたい(原点回帰)

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