「いま」も「ここ」もない

また頭がおかしい記事を書く
読んでもあまり意味がない

むしろ意味があったり役に立ったら怖い(真顔)





スピリチュアル界で「いまここ」というワードがある
この言葉の意味は「過去も未来もない。あるのは『いま』だけ」「あっちもこっちもない。あなたがいるのは『ここ』だけ」

他のサイトを調べたら、言いたいことはだいたいわかるんじゃないかな?


過去は「すでに過ぎ去ったもの」で、情報でしか存在しない
だから過去は実際に「存在」しない
スマホのデータに対する課金を「存在しないものにお金をかけるなんてwww」って言う人がいるけど、それに近い感覚

未来は「未だ来ていないもの」で、同じく存在しない
普通の人間にとって情報ですらない
だから未来は実際に「存在」しない


あるのは「いま」だけ
そしてその「いま」も、刹那で「過去」になるのだ




「ここ」も同じ
あなたが存在できるのは「あっち」でも「こっち」でもない
「ここ」にしか存在できない

人が「これから鹿児島県志布志市志布志町志布志の志布志市役所志布志支所に行くわw」と思っても、実際にはあなたはそこに「行く」ことはできない
そこは「あっち」にあるが、「ここ」にはない
だから「ここ」に引き寄せる必要がある



「引き寄せの法則」なんて言葉があるが、なんてことはない
誰だって無意識に使ってるものよ

「引き寄せの法則」なんて、人間のちまちました欲を満たすためのテクニックなんじゃないのよ
あくまで「法則」よ

引き寄せの法則に関してはそんなに詳しいわけではないけれど、たぶん言いたいのはそういうことなんだと思う



寿司が食べたけりゃ寿司屋を「ここ」に引き寄せるし、隣町に行きたければ隣町を「ここ」に引き寄せる
でも人間の感覚としては「あっちに行ってる」「こっちに行ってる」と感覚としてつかんでしまう


「死んだら霊界に行く」ってのも同じ
実際に霊界はない
でもそれを引き寄せたら霊界は存在する


前も書いたが「空間そのものが自分」であるから、実際には「場所」ですら自分なのだ
その「場所」もただの名前の記号や符号でしかなく、我々が「在る」と錯覚してるだけ

志布志も実際にあるわけではなく、記号でしかないのだ
でも実際として、「志布志」は存在する






こんな頭のおかしい発想から、スピリチュアル界では「いまここ」の話をすることがある
でも厳密に考えると「いま」も「ここ」もない


過去も未来もないのだから、「いま」という概念も存在しない
対比しようがないのだから


霊界に行けば、その感覚がもっとよくつかめるんだろうけどね
霊界に「時間」はないから




よく四次元のお話で「四次元とは三次元の概念に、さらに時間が追加される」っていうじゃん?
あれの意味、分かる人はそういないと思うのよね

三次元の世界で物を作るとき、「縦」「横」「高さ」の3要素を自由にできるじゃん?
霊界だと、さらに「時間」も追加される
そう考えればいいと思う(適当)



霊界では「死」がない
「死」がないから「生」もない

ただ「在る」だけ



そしてそこでは朝昼夜、季節までも自分の好きにできる
その状態が永遠に続く

こうなると「時間」なんてないわな
ないものを自由に作れるんだから、霊界ってすごいですね(真顔)






で、そうなると「いま」は存在しないわけだ
そもそも刹那の瞬間から「いま」は「過去」になるんだから、人間の感覚でつかむことは不可能だし


「ここ」も同じ
「あっち」とか「こっち」なんて概念も情報でしかないから、対比できない以上「ここ」は存在しない





だから「いまここ」は誤りともいえるし、正解ともいえる
そんな、どうでもいい話




「『時間』は存在する。時間とは大まかに『過去』『現在』『未来』だ」←普通の人

「『時間』はせず、『時』だけが存在する。『過去』『未来』も幻で、実際にあるのは『いま』だけだ」←頭がおかしい人

「『時間』も『時』も存在しない。世界は究極的に『無』でしかない。むしろ『在』がないのだから、『無』も存在しえない」←もっと頭がおかしい人





だから俺はあまり時間について考えない
そらまあ「あと30分したら家を出ないといけないやんけ(白目)」とかはあるけれど(笑)

でもまあ、若干普通の人と感覚が違うと思う
口では説明できないけど、上記の感覚が分かる人ならきっと理解してくれる(丸投げ)




過去も未来も、そんなにこだわる必要はない
過去のことを忘れっぽくても未来の予測ができなくても、そんなことは些細なものだよ

だから俺は過去を映像というより、「情報」でしか覚えてない
文字の羅列に近い
文字ですらない、ひどく感覚的なものだけど





「いまここ」を理解すると、無駄な力が抜けると思う
人間の努力だとかが、すべてが些細なことだから
過去や未来のことを思い悩んでも、無駄だとわかるから



でも「いまここ」は刹那主義のことではない
「目先の利益を追えばいい」「『いま』だけを大事にして、自堕落な生活をしてもいい」なんて、刹那主義とは違う

つまみ食い程度で「いまここ」を理解すると、そんな誤解が生まれてしまう
むしろ「今現在の『努力』や『目標』が、いかに無駄だったか」が分かって、違う努力や目標ができる
そんな感覚


「いまここ」の感覚が分かってないのに理解したと勘違いする人は、多分自堕落な生活になるんだろうな
「ありのままの自分でいい」ってワードも、「自堕落で怠惰な生活を送っていればいい」って意味ではないし

…まあ、別に自堕落でも怠惰でもいいんだけどね
それに善悪なんてつまらない判断を下すのは「人間の価値観」でしかないのだから

自堕落や怠惰が必要な人もいる
でも必要もなくむさぼる人もいる

その違いの理解が必要





朝から、出勤前からこんな意味不明☆な記事を書く、前世が江戸時代のインゲン豆の俺であった
おわり

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