表面的な理解

「高等な魂の持ち主は相手を許し、人の幸せを妬んだりしない」という
これについて思ったこと





宗教や精神世界でよくある、この黄金律

相手に何かされても許しなさい
ひがんだり妬んだりうらやむことをやめなさい


一般人が想像しているニュアンスと、実際の意味は多分違うと思う




まず許しについて
一般人がこれらの言葉を聞いたら「どんな悪いことをされても恨んじゃいけない」と取るだろう

そこから解説




いわゆる「高等な魂」というのは、この世界の全て、ひいては霊界神界地獄界も含め、あらゆるものが一つだと理解している
だから誰も恨まないし、そもそも許すなんて概念が消し飛んでる

対象がなければ許すも恨むもないのだから



つまり正確にいうと「高等な魂は相手を許し、誰も恨まない」のではない
ましてやそういうことをしたらカルマが解消されるとか霊格が高まるとかじゃない

単に「恨むだけアホらしいし、そもそも人を恨みようがない」だけ


ただしパンツだけは許さない(ノーパン主義)







そして妬み
普通の人は「妬みの感情を押し殺す」とか、そんな風にとらえるだろう
そんなことをしても、ストレスになって病むだけなのにね


これも正確には「欲をもたず、何物にもとらわれない心の在り方が本当の幸せ」だと知ってるだけの話
何ももたないことが幸せなのだから、他人が金持ちだとかモテるとか、そんな話を聞いても「ほう、さよか」としか思わない


そして「積み上げることは不幸なのですよ」と諭すこともない
だって、当人はそれで「幸せ」だから

一般人の「幸せ」は、高等な魂の持ち主の「幸せ」とは別の形で存在している
だから妬みようがない

真珠を欲しがる豚はいないのだよ





だから妬まないし恨まない
霊格を上げたいって人に対して「欲を捨てなさい」と何かを強制することもない

そんなことをしても霊格は上がらない
「何をするか?」じゃなくて、「どう在るか?」が大事だから

行為ではなく心の在り方に意義がある




積み上げることに疲れたら、その時は必ず来る
今はひたすら積み上げ続ければいい
失うことを恐れて守り続ければいい

それは悪じゃない
むしろ誰もが通る通過点



賽の河原の鬼も、積み上げていない石を崩すことはできない
積むことの無意味さが分かればね

だから俺が賽の河原に行っても、遊ぶだけだと思う




先生!
賽の河原にVitaは持って行けますか?!

コンセントないから充電できないじゃん!(憤怒)
鬼の鼻の穴に刺したら、充電できますかね?(勇者の挑戦)







そうそう、精神世界に憧れる人によっては「欲がどこからどこまでのことを指すのかが分からない」という人がいるかもしれない
あれの基準はすごく簡単

欲とは世界をありのままに観ることを遮る曇りガラス
だから「世界のありのままをとらえることを邪魔する存在はすべて欲」ととらえればいい
アルコールは思考力を落とすから、基本的に仏教では禁止されている

逆に思考力を落とさない程度なら飲んでもいい
ただし、酒の楽しみは思考力を落とすことだから、飲んでも楽しくないと思う


「調理用のみりんはお酒に入りますか?!」って人も、それはケースバイケース
基本は料理にみりんを入れて酔わないから、全然問題ない
でもアルコールを飛ばしてもみりんでぐでんぐでんに酔う人は避けた方がいい


「酒は悪だ」と表面的な言葉にとらわれるから、判断に困るのだ
その先の意味が分かれば自然と分かる


月が真理で言葉が指
「あれが真理です」と示してるだけの指に注目して、それにとらわれても意味がない

許しが正しいとか、妬んだらダメとか、みりんが酒かどうか…
それらは全部指に、言葉にこだわってるだけ

そこに真理はないし、一生懸命指だけ観ても疲れるだけよ




大事なのはありのままをとらえることであって、欲を捨てることじゃない
捨てられない欲があるなら、それはそのままでいい
何も焦らなくていい

自然と離れる時が来る
病気が早く癒えるように願っても、治る速さが変わるものじゃない
そんなことをしても無駄さね

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