時代別天皇の国民との接し方

・明治天皇‐しゃべらない

「大帝は私心を持ってはいけない」を信条に厳格な態度をしていた
落馬して「痛い!」といったところ、西郷隆盛に馬上から見下ろされたまま「男が痛いなんて言うもんじゃなか!」と怒られてしまい、それ以来死ぬまで痛みを他人に訴えることがなかったという逸話もある
そういうことを意識してか国民の前では口を開かなかったらしい
民衆とは直接的なコミュニケーションが一切なかった天皇なのかね

ただ、国民に関心がないということはけしてなく新聞を通じて暮らしぶりを調べたり「すべての家に電気が通るまで電灯をつかわない」と宣言してたりする




・大正天皇‐めっちゃフレンドリー
病弱でなかなか学校に行けず、孤独な子供時代を過ごした大正天皇
厳格な父(=明治天皇)に育てられたせいか、子供に対してすごく優しかった

民衆に対してめっちゃフレンドリー
知事が県政報告してる最中にいきなり「タバコはどうか?」と話しかけた
学生による寒中水泳をみる際、水温を調べて「水が冷たすぎる」と寒中水泳を中止にさせた
険しい山では見事な健脚ぶりを発揮、たばこを吸いながら登山し「この辺でイノシシとか鹿が出たら面白いのにw」とジョークを飛ばす
松茸狩りをした時にあまりに松茸が生えていたので「松茸植えたでしょ?」と指摘するなど、不自然な演出を嫌った
剣道の試合を見てた時に木刀を手にとって「さあ誰かかかって来い!」などと言いだす

そういう気さくで周りを常にハラハラさせるお人だった


そのせいもあり病気で公務が難しくなったことを理由に当時皇太子だった昭和天皇を摂政に置かれ、本人は療養となる
まあ政府としてもこういう人が表に出たら扱いに困るからなw


その反動が原因なのか未だに「タブーの天皇」扱いされることがままある
大正天皇は漢詩の天才なのに、根拠がまったくないただの与太話レベルの勅書望遠鏡グルグル事件で知恵遅れ呼ばれされたり
そういう可哀そうな天皇…だと俺は思う

ちなみに当時の海外からの評価がかなり高かったり





・昭和天皇‐一線は引く
民衆と言葉を話すが大正天皇に似たのか分かりにくいジョークが大好き
「フグを食いたい!」と言って周りを困らせることも
うなぎを「美味い」と言ったばかりに御幸先でずっとうなぎを出され辟易したことも
国民との距離を縮めたい一方で、天皇としての自覚もあるためか一線を引くのに便利な「あ、そう」が口癖であった

戦争責任論が巷で流れる一方、マッカーサーとの会見で発した「戦争のすべての責任は私にある。私の命はどうなっても構わない。ここに私の全財産があるからこれを国民の生活のための援助に役立ててほしい」はあまりにも有名
敗戦国の王は亡命するか捕まって処刑されるかが当時普通だったので、この発言にはマッカーサーですら度肝を抜かれた





・今上天皇‐めっちゃ敬語
国民に敬語を使われるわ、正座すらされる歴代唯一の天皇
昭和天皇の玉音放送を聞けば分かるが、天皇が国民に敬語を使うのは前代未聞だった
東日本大震災などの今上天皇の玉音放送を聞けば分かるように、彼は一貫して敬語を話されていらっしゃる

昭和天皇が天皇としてビッグ過ぎたので即位当初は民衆からの反対の声が相次いだ
でも柔らかい物腰といい平和な日本を象徴するにふさわしい方だなあ…と俺は思ってる
ただ、もうちょっと天皇としての威厳を保って欲しいという気持ちもある(笑)





…おお、畳む前に長くなった(´・ω・`)(笑)
やっぱ時代によって天皇と国民の関わり方も変わってくるんだなあ…と思った

俺は愛国者でも保守でもないけど、こういうことを調べるのが結構好きだったり
一応憂国者ではあるけどね

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